北川景子さん主演の2025年3月8日に放送のテレビ朝日スペシャルドラマ「花のれん」の原作は山崎豊子さんで女性興行師の主人公・河島多加(かわしま・たか)のモデルは誰?「花のれん」の河島多加のモデルは朝ドラ「わろてんか」と同じ吉本興業の創業者・吉本せい?なのかご紹介します。
ドラマ「花のれん」の河島多加とは?明治から昭和で活躍した女性興行師
花のれん原作
まもなくドラマ放送!
『花のれん』(山崎豊子/新潮文庫)
3月8日(土)にテレビ朝日ドラマプレミアムで放送する本作。主演の北川景子さんのフル帯が書店店頭で展開中です!この機会に原作も是非! #花のれん #北川景子 https://t.co/Lng4HCQ1hC pic.twitter.com/yh4yNAaBrA
— 新潮文庫 (@shinchobunko) February 15, 2025
「花のれん」は「白い巨塔」「華麗なる一族」「沈まぬ太陽」などの山崎豊子さんの小説が原作です。
「花のれん」は1958年1月号から1958年6月号まで、中央公論社の月刊誌『中央公論』に連載され、同年6月に同社から単行本が刊行。
「暖簾」で作家デビューされた山崎豊子さん。「暖簾」はすぐに映像化され、大きな話題となりました。
「花のれん」は「暖簾」の翌年に刊行され、こちらも大ヒット。何度も映像化されてきました。
今こそ、吉本興業の創業者・吉本せいを描いた山崎豊子原作、豊田四郎監督、淡島千景、森繁久彌主演の映画『花のれん』を観て、吉本の魂を学ぼうではありませんか。 pic.twitter.com/Z8To53uhSB
— 田旗 浩一 (@tsukimoto_natsu) July 22, 2019
主人公、河島多加のモデルは吉本興業の創業者で、演芸界において多大な功績を残された吉本せいさん。せいさんの半生をフィクションで描いた作品です。
以下の記事では原作小説のネタバレをご紹介しています。
花のれんネタバレ結末!山崎豊子原作の恋愛や夫の死亡や愛人との確執など
今回「山崎豊子生誕100年記念」として、テレビ朝日系にてスペシャルドラマで放送されます。
以下の記事ではドラマ「花のれん」のキャストをご紹介しています。
主人公の河島多加(かわしま・たか)とは?
「花のれん」原作の河島多加(かわしま・たか)は、大阪の堀江中通りで、米問屋の次女として生まれます。
見合いにより呉服問屋の繁盛店、河島家に嫁ぎましたが、義父が急死してしまいます。
二代目となった多加の夫、吉三郎は商売そっちのけで、寄席道楽や花街に通い詰める毎日。
負債が多額になり、店を潰してしまいました。
多加はそんな吉三郎に、好きな寄席小屋を経営してみてはどうか?と提案。
吉三郎34歳、多加25歳のときに寄席を買い取り、商売を始めます。
ふたりの才覚により寄席小屋は繁盛店となり、2件目も手に入れますが、吉三郎は妾の家で急死。
多加は女席主として、人生を商売に捧げることになります。
32歳のときには一流寄席の小屋も買取、多角経営に乗り出し、どんどん商売を広げ、ついには通天閣までも買い取るほどに事業を大きくしていきました。
原作では河島多加のプラトニック・ラブも描かれましたが、相手が自殺する、という悲恋に終わっています。
そんなプラトニックラブの相手・伊藤友衛のモデルについては、以下の記事でご紹介しています。
花のれん伊藤友衛のモデルは辻阪信次郎?死亡・自殺や吉本せいとの関係も
ドラマのあらすじ
大阪・堀江の米店の娘として育った多加(北川景子)は見合いの末、明治39年、21歳で船場の呉服店に嫁ぐ。しかし、夫の河島吉三郎(伊藤英明)は遊び好きで怠け者。多加が息子の久男を抱えながら必死に商売を支えるも経営は傾く一方で、とうとう家を売るしかなくなるまでに窮迫する。
それでも花街、寄席通いをやめようとしない夫を、多加は「そないに寄席や芸事が好きやったら、いっそのこと寄席でも商売にしはったらどうだす」と一喝する。この言葉に、吉三郎は発奮。天満天神の裏にあるボロボロの寄席小屋を手に入れ、なじみの芸人・ガマ口(甲本雅裕)らを集めて寄席を開く。しかし、即席の素人寄席に客は入らず、借金はかさむばかり。近所の小銭貸し・石川きん(泉ピン子)に金を借りながらなんとかしのいでいたが、ある夏の日、多加はキンキンに冷やした冷し飴を寄席で売ることを思いつく。それが評判となって次第に客もつきはじめると、吉三郎の芸人選びの妙もあって連日大入りを記録し、夫婦は2軒目の寄席小屋を開業する。
ところがある日、吉三郎は愛人・おしの(渋谷凪咲)との同衾中に心臓麻痺で死んでしまう。甲斐性なく世を去った夫にもかかわらず、多加は葬儀で“一生二夫にまみえぬ証”である白い喪服を身にまとうのだった…。
その後も夫がこしらえた借財のため、ひとり寄席商いを続けることになった多加は、法善寺にある一流の寄席小屋を粘り強い交渉で入手。「えらい女(おなご)の大阪商人や」と舌を巻く席主(笹野高史)に対して、「わてなりののれんを、この寄席(こや)に掲げさして貰います」と大見得を切った多加。商いに一生を賭ける覚悟をこめて、“花菱亭”と染め抜いた花のれんを掲げた――。
そんなある日、ひとりの男が花菱亭を訪れる。この男、伊藤友衛(上川隆也)はたびたび花菱亭を訪れては窮地を救うなど、多加の心に強い印象を残して…。一方、成長した多加の息子・久男(坂東龍汰)は母への反発心から東京の大学に行きたいと言い出すが…!?
引用元 公式サイト
*\ 今日は #ひな祭り /*
妻、母、ひとりの女性として
激動の日本を駆け抜けたヒロインの物語#北川景子 主演
山崎豊子生誕100年記念『#花のれん』いよいよ今週8️⃣日(土) よる9️⃣時放送
日本のショービジネスに
人生を捧げた女性興行師の
一代記をお届けします! https://t.co/grNZW9oymP pic.twitter.com/t6Eyu3DqSy— テレビ朝日宣伝部 (@tv_asahi_PR) March 2, 2025
多加が心の奥底に秘めた恋の相手と、その行く末とは…!?
そして人を愛し、人を大切に思い続けた彼女が最後まで追い求めたものとは――!?
涙、笑い、感動に満ちた“日本初の女性プロデューサーの一代記”ともいえる物語が綴られていきます!
河島多加のモデルは朝ドラ「わろてんか」と同じ吉本せい!
河島多加のモデルは吉本せい!
山崎豊子さん原作「花のれん」主人公、河島多加のモデルは吉本せいさんです。
この『花のれん』原作は、山崎豊子さんが吉本興業の創業者・吉本せいさんをモデルに、ショービジネスに人生を捧げたひとりの女性を情緒豊かに描き上げた傑作小説。
引用元 公式サイト
吉本せいさんがモデルではありますが、フィクションで描かれているので、事実とは異なる部分もあります。
わろてんかとは?花のれんと同じ?
葵わかなさんがヒロインを演じた、2017年度の朝ドラ「わろてんか」。主人公の名前は藤岡てんです。
わろてんか(2017年) pic.twitter.com/WgdwCYFd00
— ちょっと昔のものbot (@bot12536) June 15, 2024
明治後期、京都の老舗薬種問屋に生まれた藤岡てん。笑いを愛する旅芸人の北村藤吉と恋に落ち、親の反対を振り切って駆け落ち同然で大阪へ。夫婦となった2人はう余曲折の末に寄席興行の世界へ飛び込み、小さな寄席を開業する。度重なる困難に直面しながらも、周囲の人々に助けられ、日本中を笑いで元気にしていく。
引用元 NHK
モデルは吉本せいさんであることが、公式に発表されていますが、オリジナルエピソード満載で描かれています。
そもそも結婚も「花のれん」はお見合いですが、「わろてんか」は駆け落ち(≧∇≦)
夫も「花のれん」は道楽者で家庭を顧みない人物でしたが、「わろてんか」はそのようには描かれませんでした。
「わろてんか」には原作はなく、「作:吉田智子」とあります。
引用元 NHK
「花のれん」を参考にしたところもあるとは思いますが、「花のれん」が原作ではありません。
「花のれん」原作も朝ドラ「わろてんか」も、主人公のモデルは吉本せいさんですが、どちらもフィクション。
今回のドラマ「花のれん」河島多加と「わろてんか」藤岡てんは同じ?なのかといえば、また違った人物として描かれると思います。
モデルの吉本せいとは?どんな人物?
「吉本のせいで仕事がキャンセルに…」
「吉本のせいで東京の笑いが…」
みたいな文章を見るたびに、一瞬だけこの人を頭が過るのは僕だけなんだろか…。この人?
「吉本せい」さん。
吉本興業の創業者ね(^_^;)。 pic.twitter.com/d6awugcuu7— てれすな@和歌山で楽しくサークル活動中 (@TvsandWbs) January 26, 2024
誕生
吉本せいさんは1889年(明治22年)に、兵庫県明石市で米穀商を営む家の三女として生まれました。
20歳のときに高級料亭に箸を収める老舗荒物問屋の息子、吉本吉兵衛さんとご結婚されます。
2男6女が誕生しますが多くは早世し、次男の穎右さんのみが成長されました。
朝ドラ「ブギウギ」をご覧になった方はご存じかと思いますが、穎右さんはのちに歌手の笠置シヅ子さんと大恋愛をされます。
長女が宿りましたが、生まれる前に病死してしまいました (T_T)
寄席経営
吉兵衛さんは若いころから落語や寄席に夢中で、演者として全国巡業に出たことも。
道楽亭主として知られていますが、実質的な経営者であった、ともいわれています。
吉兵衛さんの父親が引退し、夫婦で天満天神の裏門にあった寄席を入手。
1912年から寄席の経営を始め、1913年に後の吉本興業を設立。次々と寄席を買収し、チェーン化していきました。
吉兵衛の死去と事業の拡大
1917年に吉本せいさんの弟、林正之助さんが総支配人として入社。1921年には当時人気だった桂春団治が、専属として高座に上がります。
吉兵衛さんは1924年、急性心筋梗塞により死去。妾宅で亡くなったといわれています。享年39歳でした。
正之助さんが事業の指揮を執り始めます。
1928年に勅定紺綬褒章を受賞。萬歳(漫才)が人気を集めるようになっていきます。
1938年に通天閣を買収しましたが、1943年に通天閣が類焼。解体し、軍需資材として大阪府に寄贈されました。
戦争と穎右の死
空襲で多くの寄席や劇場を失った吉本興業。1947年には穎右さんが病死してしまいます。
1948年に「吉本興業株式会社」に改組。会長に就任されました。
1950年肺結核により、60歳でお亡くなりになっています。
経営の武勇伝
吉本せいさんには経営者としての武勇伝がいくつかあります。
お湯で溶いた水あめにショウガのしぼり汁を入れた「冷やし飴」を、氷の上でゴロゴロ転がして売り始めました。
このスタイルも受け、通行人までも買うようになる人気商品に。
また寄席を見ながら食べる物も、のどが渇くようにわざと塩辛いものも売りました。
こうすることでドリンクの売り上げも伸びたのです。
さらに冬場は、客が遺した密柑の皮を乾燥させ、漢方薬局に売ったという話もあります。
何でも商売につなげてしまうところが、吉本せいさんの凄いところです!
芸人を大事にする
芸人たちをとても大事にした吉本せいさん。芸人たちも、せいさんのためにがんばるようになったそうです。
吉本せいさんは人情深い人物でした。芸人の愚痴を聞いたり、なだめたりする役目も。
また戦略として、人気芸人には大金を払うようにしたため、自ら売りに来る芸人もいたそうです。
金銭面でも芸人たちを大事にしたのです。
お笑い界の土台を作った
関西のお笑いといっても落語や義太夫、曲芸など多くの流派がありました。
派閥に属さない落語家を集め「花月派」を結成し、浪花落語反対派も吸収。
やがて上方演芸界の帝王として君臨することになりました。
マイナスもプラスに
1923年に起きた関東大震災。吉本せいさんは復興のための救援物資を関東に送りました。
義援金のほか、寝具や食料も送り、気落ちしていた関東の芸人たちの心を救います。
東京の芸人たちが大阪にやってきて、寄席を始め、大成功を収めました。
震災までも逆手に取るとは、さすが吉本せいさんです。
エンタツアチャコ
時代も変わり、昭和が始まろうとしていたころ。ハリセンを使った漫才は、当時は人気がなかったのですが、「全国万歳座長大会」が大成功を収めます。
ですが吉本せいさんは、漫才は全く新しい娯楽としては、何か足りないと思っていました。
吉本せいさんは漫才をしていた、横山エンタツと花菱アチャコの二人に目を付けます。
和装を辞めてスーツ姿になり、「君」「僕」と呼び合うスタイル。
この新しいお笑いを生み出したエンタツアチャコは、やがて売れっ子芸人になります。
このように吉本せいさんは、いろいろなアイディアと深い懐で、経営者として成功されました。
激動の日本を駆け抜けた吉本せいさん。令和の女性たちが求める生き方も、この「花のれん」にあるのかもしれません!
まとめ
「山崎豊子生誕100年記念」としてテレビ朝日系にて放送されるスペシャルドラマ「花のれん」。
山崎豊子さん原作の小説「花のれん」のドラマ化です。
主人公の河島多加は、吉本興業の創業者、吉本せいさんをモデルに、フィクションとして描かれた作品。
「花のれん」は過去にも映像化され、ドラマとしては5度目となります。
葵わかなさんがヒロインを演じた朝ドラ「わろてんか」のモデルも吉本せいさんでしたが、「わろてんか」に原作はありません。
どちらもフィクションで描かれているので、今回のドラマとは違った作品になると思います。
主人公の河島多加役を演じるのは北川景子さん。ほかには伊藤英明さん、上川隆也さん、甲本雅裕さん、玉山鉄二さんなど、スペシャルにふさわしい、超豪華なキャストが集結しました!
「花のれん」放送は2025年3月8日(土)よる9時からです!どうぞお楽しみに!
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